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坦々ポテサラという暴力について

ポテトサラダが大好きだ。ジャンルを問わず、あらゆる居酒屋に置かれている。オーソドックスな大衆居酒屋から、ちょっとこじゃれたビアホールまでカバーする。そのカバー力の高さは、ギャル系からナチュラル系まであらゆる系統の女性から好かれるきれいめカジュアルファッションの男か!と言いたくなる(※独断と偏見です)。マヨネーズをふんだんに使ったがっつり系のものがあれば、いもの素材の味を生かしたものまで。専門店では、あつあつにマッシュされた芋とともにそれぞれの得意分野がボウルに突っ込まれている。和知みたいな燻製屋さんでは、燻製ベーコンを使った香り高いポテサラが。おでんやさんであるだるまときんぎょでは、おでんの旨味たっぷりのだしに漬かったじゃがいもとたまごを使って作られるポテサラが。

専門店が表すものは味だけではない。ビニールシートに覆われたニュー大文字では、大衆居酒屋らしく景気良く高く積まれたものが出される。
そしてわたしには、そんな素敵なお店のどこに行っても同じように唱える呪文がある。

「生ビールとポテトサラダ、とりあえず以上で」


それから担々麺が大好きだ。餃子や麻婆豆腐には白ごはんが欲しくなるが、担々麺なら一皿でオールオッケー。人数が多い方が楽しい中華だけど、担々麺なら一人でも楽しめる。スープを全部飲むのは大変だけれど、スープの底に沈んだひき肉がおいしくてついつい何度もすくってしまう。気がつけば全て飲み干していて、お腹がいっぱいで動けなくなってしまう。でも担々麺なら大丈夫。スープの気分じゃないときには「汁なし」という選択肢。担々麺にだけ使われるこの「汁なし」という表現が、なんだか可笑しい感じがして好きだ。

寒さもひとしおになる今日この頃だけど、凍えそうな夜にこそ辛くてあたたかな担々麺をすすろう。山椒がとびきり効いた駱駝の本格担々麺で思い切り汗をかくのもいいし、コクが強いものが良ければ万豚記の一面黒ごまの担々麺を食べてもいい。麺を味わいたければ、煌力でスパイスと絡めた汁なし担々麺を食べる。


そして出会いは唐突だった。なんの気なしに「餃子食べたい餃子〜」とブラブラと向かったのはタイガー餃子である。行きたいと思いつつ、行けてなかった店のひとつだ。チャオチャオ餃子のような変わり種餃子かな? それとも杏っ子のような鉄鍋で行儀よく出てくるもの? はたまた餃子王のような皮がもちもちなのもいいなぁ…なんて想像を巡らせながらメニューを開くと奴は居た。普通のポテトサラダの横に「坦々ポテトサラダ」なる文字が踊っていた。このときの衝撃よ……。冒頭でポテサラは和にも洋にも合うと言ったが、まさかの中華である。わたしにとっての大好物をこんな暴力的に掛け合わせてしまって……。
そんな、ざわざわとした気持ちのところにやってきたのがこれである。

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ど、、どひゃー!!!
ポ、ポテサラ見えねえ・・・!


ポテサラを覆い隠すように「坦々」が乗っている。しかもこんなにたくさん……! 弾むような気持ちで自分の皿に取る。食べる。山椒がしっかり効いたひき肉としゃきしゃきのネギが、まろやかで甘めに作られたポテサラと良く合う!! なかなかガツンとした辛さであり、ビールとの相性は抜群。担々麺そのものは酒のつまみにしづらいが、これなら何杯だっていける。なんてこった、また新しいおいしいものを見つけてしまった……。餃子を食べにきたのに坦々ポテサラにしてやられた。坦々ポテサラに打ちひしがれる気持ちと、まだまだおいしいものが世の中にはたくさんあるんだなあという喜びを持って家に帰ったのだった。



……何を言いたいかだんだんわからなくなってきたけど、タイガー餃子の坦々ポテトサラダがおいしかったのでおすすめです。タイガー餃子は京都のお店というわけではなくチェーン店です。東京にもあるようですね。そしてこの記事は、はてなスタッフアドベントカレンダーの22日目で、お題は「好きなもの」でした。私は特別好きなものというのが無いので無難に好きな食べ物の話をしました。
昨日はid:rikoさんの「八木新宮線にまた乗ってきました - 汎インターネットピクニック日記」でした。明日はid:motemenさんです。


タイガー餃子会舘 | 際コーポレーション

呪いになる言葉

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これを読んで思い出したこと。

そういえば、子どもの頃はじぶんのことを救いようのないブサイクだと思い込んでいた。いつのころからか親にそう言われていた。父はわたしの似顔絵をよく描いていたんだけど、そこにはお世辞にも綺麗とは言えない顔の像が描かれていた。細い目とふっくらとした頬を滑稽に強調させた、おかめみたいな顔の絵。(まあ、そうなんだけど。笑)そういうのを見るたびに、自然と外見にコンプレックスを持つようになった。そのなかでもいちばん嫌いだったのが鼻の下にあった大きなホクロ。人と話すとき、ホクロを見られているような気がしてうまく目を合わせられないことが多かった。性格も今よりもずいぶん暗くて卑屈だったと思う。

中学を卒業した春休み、転機は簡単な形で訪れる。ホクロをコンプレックスに思うことを見かねた母親が、レーザーとやらで取らせてくれた。実際には3ミリ程度の小さな点が無くなっただけだけど、大きな重荷がきれいさっぱり無くなったようだった。世界があざやかに見えた。その勢いで髪を染めたり化粧するようになり、性格も多少は明るくなった。(校則がゆるく、毛染めや私服が許される学校だった)

今となってはわかっている。人にとって自分以外の誰かの顔なんてどうでもいいんだよね。ましてやホクロがあるかどうかなんて本当にどうだっていい。そんなことで卑屈になるなんて大損である。けれども当時はそうとは思えなかった。まるで何かの呪いにかかっているようだった。

このことで親を恨んでいるかと言われると、そんなことは少しも思わない。けどもし自分に子どもができたとしたら、そんな呪いをかけないようにしたいな。かわいいかわいいって毎日言いながら成長を見守りたい。できるのかしら。

タイでゆったり過ごした4日間

四条烏丸の西にあるパクチーで食事をしていると、タイへの旅のポスターが目に入る。冗談交じりに「行く?」なんて言いながら、手持ちのあいふぉんで「タイ 旅行」と調べると、雨季の明けた11月が過ごしやすい、という情報が手に入った。それでは、ということで、三ヶ月後の飛行機とホテルを取った。タイは暑くて開放的な都市だった。人々はずいぶんと気楽に過ごしているように感じた。ごはんがおいしかった。



空港に着くとさっそく「タクシーヤスイヨ!」なんて話しかけられるが、目を合わせないようにする。ホテルで荷物を預けて、さっそく歩き始める。現地の人たちが使うバスは乗るのも降りるのも難しい。結局間違ったところで降りてしまったけど、思いがけずチャオプラヤー川を掛かる橋を渡ることができて楽しかった。






タイのごちゃごちゃしたところを抜けて、ベタにワット・ポーを観光する。いつだってそうだけど、どこに行ってもネコばっかり撮っちゃうんだよね。チャオプラヤー川を渡すエクスプレスボートに乗って行った場所は、ガイドブックにはあまり乗らないような場所。観光地もいいけど、現地の人の生活が感じられるのは愛おしい。日本では見たこともないようなお寿司の屋台にケラケラ笑いながら歩いた。



ホテルにチェックインすると、バースデーケーキが置かれていた。わたしの誕生月だったから? こういうサプライズを経験するのは初めてで、とても感動した。夜にはスパークリングワインのサービスが置かれていたんだけど、クタクタで飲めなかったんだよね…。



次の日は早朝からバスに揺られてサメット島という島へ。長いバス移動の疲れも、フェリー乗り場から見える青い海を見ると吹き飛んだ。海を見ながら食べるグリーンカレーは、ひょっとすると4日間で一番おいしかったかもね。



タイではなぜか、あちこちで犬を見かける。放し飼いなのか野良犬なのかわからないけど、この日もこれでもか!というくらい見かけた。寝てるところに近寄ると目が合ったりする。




サメット島のビーチはのんびりとしている。欧米人の観光客がほとんど。ちょっと海に入ったり、ビーチを散歩したり、パラソルの下でゴロゴロして過ごした。ゆっくりとした時間が流れていた。



帰りのバスがバンコクについたころにはもうヘトヘト。日焼けも痛い。遅い時間でレストランは閉まり始めていた。途方にくれながら「ここでいいか」と食べた屋台のパッタイ、すごくおいしかった。コンビニの前の路上にででんと椅子とテーブルが置かれていて、なにかのスポーツ帰りの少年たちや、いまから遊びに繰り出すお姉さんたちを横目に食べた。



鉄道に乗って向かったのはアユタヤ。駅で電車が止まって、ホームらしいものが見当たらなくて戸惑ったけど、どうやらそこそこの高さから飛び降りるのが正しかった。鉄道は時間がかかるけれど、車窓から見える景色も含めて楽しい。






寺院を見て回った。当たり前だけど寺院を取り巻くようにお店や家があって、そこで暮らしている人がいる。犬はこんなところでも眠っている。



レンタサイクルには「警視庁 杉並」の文字。こんなところまで来ちゃってね。



帰りはロット・トゥーという乗り物に乗る。マイクロバスのようなミニバンのような乗り物なんだけど、内装がデコラティブで変な感じ。鉄道よりも早くて狭い。この日はトンロー駅のほうを歩いた。





最後の日は、現地ツアーに申し込んでダムヌンサドゥアック水上マーケットへ。手漕ぎのボートを漕ぐのはだいたいおばちゃん。マッドマックス的世界観の暴力みたいな駆動付きボートは若い男の人が操縦することが多かったかな。ベタだけど、巨大なヘビを肩に巻いたりゾウの背中に乗ってゲラゲラと笑った。



そんなこんなで、最後にはスカイトレインに乗った。切符はなくて、磁気のカード。渋滞にヒヤヒヤしながらも空港まではタクシーでスムーズに移動できた。言葉が通じなくて困ったこともあったけど、ごはんが美味しくてとにかくサイコー。タイの人はニコニコしている人が多くて、そこまできっちりしすぎないところが心地良かった。帰国して数日後、旅行の打ち上げと称して行ったのはもちろん四条のパクチーシンハーを片手に、パッタイグリーンカレーを食べながらタイのことを思い出していた。

26歳になった

さて、今日で26歳です。毎年自分の誕生日にブログを書くようにしているので今年も書きます。昔書いた日記を読んでみると、その時考えていたことが手に取るようにわかって楽しい。昔と変わらないようでいて、全然違っていたりする。数年前の自分の感性がずいぶんと幼く感じたりする。いまは、ずいぶんと大人になったなあなんて思っているけど、10年後なんかに見ると幼稚すぎてびっくりするのでしょう。良い歳の取り方ができるといいな。

25歳はどうだったか

25歳を振り返ってみると、それなりに大変だった。ひとことで言うと、自信を失っていた。けれども、振り返ると悪いことばかりではない。なにもかもうまくいかないと思っていたときに読んでみた本がきっかけで考え方が前向きになった。本を読む習慣も身についた。いろいろと厳しいことを言われる状況にいたけれど、それがきっかけでひとつのものにこだわりを持つ力や、粘り強さがついた。自分が案外負けず嫌いなことを知った。精神年齢がちょっと上がったのか、感情のざわつきが穏やかになった。とは言え、負荷の高い生活は半年ぐらいが限界で、だんだんと何もしていないのに涙が出るとか、胃が痛むとか、食べ物の味がわからなくなったりした。夏ぐらいだったかな。

いまは、とても幸福に過ごしている。けれど、かつての自分だったら今の状況に感謝することはできなかっただろう。自分が弱ることで、人の優しさや痛みがわかるようになり感じ方が変わったのだと思う。自分自身も、少しは人に優しくできるようになった。この25歳のこの半年のことは、思い出しただけでも悲しい気持ちになる。けれど、この半年があったからこそ、素敵な生き方に出会えることができた。(あと、当時心配をかけてくれたみなさん、本当にありがとうございました!)


心境だけではなくて、プライベートでやっていることについてもすこし。去年に引き続き、今年もいくつかのプロジェクトに関わった。プログラミングを教えたり、カンファレンスのスタッフをしたり。今年はそれに加え、デザインの幅を広げるために知人から頼まれたデザインの仕事をやるようにもなった。何事にも失敗ばかりだったけれど、学んだことは計り知れない。スケジュール調整力やプロジェクト進行管理力はこの一年でずいぶんと培われたように思う。

26歳はどうしたいか

自分の価値を上げる

去年くらいからweb業界以外の人と話すようになって思うのは、世の中にはデザインとプログラムの両方できる人はあまりいないし、需要があるということ。仕事というのは「多くの人が面倒だと感じているものをかわりにやる」「できる人が限られていることで、多くの人が喜ぶことする」のどちらかだと思っていて、同じ時間に対する仕事の価値が高くなるのは後者だ。今まではグラフィックデザインが苦手だからその克服方法を探していた。しかしそれよりも得意で夢中になれるプログラムのほうを伸ばしたほうが、自分の武器になるのではないかと思っている。死ぬまでにとにかく楽しいことをできるだけたくさんやりたいから、自分にしかできないことをもっと探したい。

じっくりと物事に取り組む

25歳の1年は、「様々なことをたくさんやる」ことに重点を置いていた。26歳では「ひとつのことを深堀してじっくり作り上げる」仕事をやりたいと思っている。「情報を伝えるもの」で終わらないで、「ストーリーが味わえるもの」を作れるようになりたいな。

マネジメントについて学ぶ

ここ数年で、人の世話を焼いたり尽くすことが楽しくなってきた。仕事とは別軸のことだと思っていたけれど、「サーバント型のリーダー」という概念を知ってからはすこし興味が湧いている。自分がマネージャーになるイメージは無いけれど、マネジメントについて学ぶとチームやプロジェクト運用について何かヒントが得られるのでは?と思ったので、まずは知識を得てみようと思う。

最後に

というわけで、よければマネジメントについての本などをください!
アマゾンの欲しいものリストです。

東京に行ってた

金曜日に「デザイン山アワー」というイベントがあったので、東京に行ってた。土曜日にちょっと観光して帰って来た。

デザイン山アワー

受付をペパボのみずえちゃんと。みずえちゃんとは大学時代に就活で知り合った友達。説明会のときにたまたま隣に座っていて話した、くらいの。当時はお互いに就職先が決まっていなかったので、まさか一緒に受付することになるとは…と感慨深かった。

なおめめさんが「自分のサービスをかわいがる」って言ってたのがすごい良かった。かわいがる、なんて良いことばなんでしょう。かわいがり方も良かった。話しぶりから、かわいがってる様子も伝わった。自分たちのプロダクトの見え方に敏感でありたい。デミさんのSUZURIの話も良かった。キャラを作ってユーザーに親しんでもらうのって想像するより何倍も難しそう! けどスリスリくんはローンチ当初からブレずにずっとかわいい。特定のファンが付くようなサービスを作っていきたいなあ。「価値観を作る」という仕事、とてもおもしろそうだ。
「はてなとペパボのデザイン山アワー」を開催します #yamahour - つくるひと | はてな デザイナーブログ

ICC オープン・スペース 2016

土曜の朝は初台のICCに行った。メディア系の作品がたくさん置いてあって面白かった。アカデミックで実験的なものも多かった。「この発想があったか!」みたいな、普段当たり前すぎて疑問に思えていないものがたくさんあるなあと実感した。
ICC | オープン・スペース 2016 メディア・コンシャス

余談だけど、東京の曲がった坂道の切れ間にドーンと大きなビルがある風景がなんだか好きだ。京都の道はまっすぐで坂はないし、大きな建物もない。

森美術館 宇宙と芸術展

「宇宙と芸術展」を見た。平面天体図のアストロラーベというのがすごくかっこよかった。距離をはかる機械なんだけど、プロダクト自体に「精密さ」が感じられるデザインだった。見た目からどういうものかわかるのって、すごく良いなあ。
あと、かぐや姫は宇宙人だったのか?みたいなのベタだけどロマンがあっていい…。
宇宙と芸術展 | 森美術館

21_21 デザインの解剖展

「デザインの解剖展」を見た。オープニングトークを予約していたので、佐藤卓さんと岡崎智弘さんが話しているのを聞けた。展示品を作ったクリエイターが、そのコンセプトや考えてることを話す。普通に見てると、ここまで考えて作ってたんだ!みたいなのわからないけど、そういうのが本当に細かく聞けてとても面白かった。
21_21 DESIGN SIGHT - 企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」 - 開催概要



普段くらしているときいるときに、観察するとか考察するとかがまだまだ足りてないなあ、というのに気づく2日間だった。もっともっと細部を見て、なぜだろう?って疑問を持って、精密なデザインができるようになりたい。ときどき東京に行くと、ふと自分の歩く道を振り返るようなきっかけになる。襟を正してしゃんとしていきたい。