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赤丸

日常

LINEの赤丸はいつでもうれしい。LINEには、変なスタンプを送りあってもいい関係の人しかいない。今日買ったもの報告とか、グループで旅行に行く計画を立てるとか、親からのおでかけのお誘いとか、そういうの。そんなの良い知らせに決まってる。Facebook Messengerは、ときどきそうじゃないのも来る。資料を送ってくださいとか、ちょっとした営業とか。もちろんいいのもたくさんあるけど。あ、メッセージが来た。どきどきしながらメッセンジャーアプリを開いてみる。あっ、良い知らせだった。よかったー。

Twitterをやめてみて、かわりに誰かにメッセージを送ることが増えた気がする。つい先日、今日うなぎ食べたーって話のあとに陰翳礼讃に出てくる京都のお店の話になって、調べてみたら、そこがたまたまうなぎ屋さんであることに気がついて、ミラクルじゃん!って思った。Twitterみたいに、不特定多数にむけて短い文を書くんじゃなくて、その時その瞬間だけのコンテキストを、ふたりで共有する。べつに秘密じゃないけど、秘密みたい。誰も知らない。ほんとは、メッセージの内容をここに書くのも野暮だけど、なんだかとにかくすごい気がして、書いてしまった。けどこれが最初で最後にする。

今日の朝、パンを食べて、味がしない!って思った。2,3日こういうのが続いて、困ったなーどうしたもんかなーと思ったけど、お昼になったらちゃんと味がして良かった。このまま味のない世界に生きるなんて!と、クラクラしそうだったけど、なんとか戻ってこれた。味の無い世界は、あまりにも色がない。

休息

1ヶ月前くらいからバランスを崩し始めて、なんだか落ち込むようだった。よくわからないが不安感があり、ウワーとなって、その不安を埋めるように酒を飲んだ。缶をあけるときのプシュという音が好きで、その音を聞いてると、久しぶりに楽しくなり、飲み過ぎてしまった。ダメな感じ。そのあとあまり覚えてないけど気がついたら外で、知らない場所にいて、財布はなくて、携帯の電池は切れて、めちゃくちゃ怖かった。道もわからずひたすら歩き続けたら夜が明けていって、すっかり朝になった。ようやく知ってる道を見つけて、歩き続けて、家にたどり着いた。心身ともにドロドロになった。そんなこともあり、ここ2,3日あまり眠れなかったり、味がわからなくなったり、うまく話せなくなっていた。ランチの皿をひっくり返すなど、ちょっと疲れている感じ。休憩したほうが良い気がして、今日は会社を休んでゆっくりしていた。疲れているので、という理由で休める会社で本当に良かった。

1日の終わりに花屋に向かおうとぶらぶら歩いていると、目の前をころんと転がるものがあり、よくみると緑色した実だった。見上げると、その実が生る木があった。何十回とそこを通っているけど気が付かなかった。それから、花屋につくと、ここぞとばかりに百合を買った。なんだかパワーのある花である。小さい頃、はじめて自分と同じ名前の花を見た時、なんてご立派な花なんだ、と思った。ソファでごろんとしていると香ってくるこれは、花の香りなのかしら。今朝読み終わった太宰治の「女生徒」によると。幸福は一夜おくれて来るらしい。わたしはこんな感じだが、なんとかやっていくしかない。つぼみ、早く咲かないかな。

はずれの数字

日常

炭酸が飲みたくなって自販機でジュースを買う。商品を取り出すと、ピピピピピという音がする。スロットがついてて、当たりだったらもう一本貰える自販機ってあるでしょ。どうやらそれだった。

四桁の数字が光る。「111…」まで出ている。最後の一桁、1が出るかどうか。期待せず眺める。

「1112」

あっ、はずれだ。けど、その四桁の数字を見て、少しだけニヤリとした。その数字は、わたしにとっては特別なのである。なぜなら、わたしの誕生日は11月12日だからだ。はずれたけど、1111が出た時よりも、ニヤニヤとしていたと思う。

なんでもない瞬間に名前をつける

感想文

スケロク君という人がいる。なぜスケロク君と言うのかは知らない。かれが「ゆりりーさん(私)におすすめの本があるので今度あげます」というので、楽しみに待っていた。自由律俳句の詩集だった。

それは、「カキフライが無いなら来なかった」という本である。おもしろくてすぐに読んでしまった。俳句と言うと、四季の情景とか温度とか感覚を思い浮かばせるようなことばを使って、みずみずしく詠うものを思い浮かべるが、これは普段の何気ない瞬間を切り取ったもの。

読んでいて一番驚いたのは、こんなになんでもない瞬間に名前をつけてもいいんだ……! ということである。よくよく考えると(?)そりゃそうなんだけども……。何かを作ろうとすると、なんだか耳障りの良さそうな「正義」を作らないといけないって思っちゃうじゃない。あ、そうでもないか……。

それで、そうかと思えば「桜」や「入道雲」や「毛玉」といった単語がふと出てきたりする。「灯油のメロディ」というフレーズだけで、冬の澄んだ空気や、彩度が低めの情景が頭に思い浮かぶ。この本には、現代の都市の四季が詰まっているようだった。

読んでいてなんだか詩を作りたくなってきた。とりあえず一昨日の雨の日の夜中に布団の中で思った「『バケツをひっくり返したような雨だね』と言う相手がいない」というのをあいふぉんにメモした。この本を読んでから、近所にある古い商店の看板のフォントが丸文字だったとか、地下鉄から地上に上がるときの階段に入りこむ光が眩しすぎるとか、かなりどうでもいいことが気になるようになった。こんな瞬間を言葉にしていいなんて知らなかった。


なぜこの本をおすすめされたのかはわからない。Amazonでさえ、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」とか「あなたのお買い物傾向から」だとか、おすすめする理由を教えてくれる。けど、なぜ勧めたのかを聞くのは野暮なので聞かない。

箱と花

日常

祖父の箱に花を入れるとき、その強さに驚いた。

生花を扱うときはいつだって、繊細なものとして扱っていた。壊れてしまわないように。散ってしまわないように。ていねいに、ていねいに。

だから、わたしは花の生命力のことを知らなかった。握ってみてはじめて、そのみずみずしさに気がつく。

なんだかちぐはぐだな、なんて思いながら、箱を花でいっぱいにした。