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ひとりで見ていた風景に、ふたりでの暮らしが加わる

日常 京都

鴨川デルタに初めて来たのは確か十八歳の春だった。進学が決まった大学へ向かう最初の日か、何かそんな感じだったと思う。
京阪電車から降り地上へ出ると、橋が架かっていて川と川が合流するのが見えた。それから亀の形をした飛び石を渡っていく人や、並んでパンのようなものを食べる人。新生活への期待感も相まって、なんだかすごく素敵なところに来てしまったな、なんて思った。

去年の年末くらいからふたりで住める家を探し始めた。今まで川のそばに住んでいたのが気に入っていたから、次も川のそばが良かった。
賃貸ポータルサイトをふわっと使ってみる。「駅から10分、オートロック有り」みたいなチェックマークをぽちぽちと押していくと、条件に合う家が何百件と出てくる。ピカピカで素敵なんだけれど、どれも同じに見えて一つを選ぶのが難しかった。
「ピンとくるものがなかなかないね」なんて言ってたところで、少し個性的な物件を扱うサイトを教えてもらった。そこで鴨川デルタ近くの心地好さそうな戸建を見つけた。その日のうちに内覧を申し込んだ。


明るい窓のあるキッチン
気持ちよく年を取った柱
まだまだ荒れ放題の坪庭
綺麗に張り替えられた壁
少しだけ傾斜のある天井


木造築50年にびびりながら部屋を見せてもらったが、これは……すごくいい。
前の住人はきっと、大切に大切に使っていたのだろう。古くはあるが、決してボロくない。歳を重ねた柱でしか出ないような味わいや、昔ながらのタイル張りの浴室。その一つ一つがたまらない。

そうしてふたり暮らしがスタートした。
生まれてからずっとマンションに住んでいたので、初めての戸建である。
想像通り木造建築はめちゃくちゃ寒い。さっそくお揃いで買ったもこもこのルームシューズにユニクロのウルトラライトダウンを着込む。家にいるのに山小屋みたいな格好。寒さに身を寄せ合って生活をする。
けれども、そういう風景もまた愛おしい。背伸びしない感じが自分にぴったりくる。いつかこの家を出ることがあれば、あの格好は可笑しかったね、なんて話すのだろうか。

引っ越し当日は大粒の雪が舞うような険しい日だったけれど、最近は縁側に入り込むあたたかい光を浴びながらウトウトとするようになった。鴨川をランニングしてみると、きゅっと結ばれた鴨川の桜のつぼみが日に日に大きくなるのがわかる。

だんだんと、春になる。

十八歳の時に一人で見た鴨川デルタは、これからは二人で見る風景になる。

2017年の抱負

抱負を書こう書こうと思ってたら、1月も終盤に入ろうとしてた…。
書かないのも気持ち悪いので、自分用に簡単に残しておこうと思います。

好きなことを見つける

忙しく過ごしているうちに、自分が本当にやりたいことがわからなくなってきてしまった。落ち着いたら●●が作りたい、みたいなのがたくさんあるのだけれど。やりたいことがわからないと、漠然とした不安に襲われるようになる。今年はちょっとひと段落して、自分の好きなことを見つける年にしたいな。

忙しくしない

去年の抱負にも「忙しくしないこと」を挙げたけれど、結局忙しくしてしまった。身についた知識もたくさんあるけれど、だんだんとルーチンになってきてしまった。一旦流れを変えたいから、「断ること」をがんばってみる。苦手だけれど。

書くことにこだわってみる

2016年くらいから、自分が書きたいと思う文章が書けるようになってきた。自分がつくるもので「いいものができた!」って感じられるものがあまりなかったのだけれど、書くことについてはここのところ調子がいい。今まで書きたいけど書けていなかった文章を、もっと書いていきたい。



こんなもんかな。去年は新しいことに開いていく年だったけど、今年はちょっと保守的に行こうと思っている。
日常が大きく変わりそうなのでそれが楽しみ。何でもない一日一日に、より多くを感じ取れるような一年になりますように。




2016
yulily100.hatenablog.jp

2015
yulily100.hatenablog.jp

2014
yulily100.hatenablog.jp

昔の日記を読んでいると、昔の幼さにびっくりするなあ。

親が天ぷらを揚げる音はもう聞けないのかもしれない

日常

昼と夜の間くらいの時間に、おばあちゃんお父さんお母さんそれからちいちゃな子供2人の家族がおぼつかない足取りでバスに乗り込む。あっているはずなんだけど、という不安そうな空気感を横目にこういうのもお正月らしいな、なんて思う。バスが出発する。ここ数年、京都で年を越して、元日の夕方に帰省するのがいつものパターンになってきた。

元日の夜、寒気がすると思ったら発熱していた。次の日になっても気だるいのが続く。昼には帰るつもりだったのだけれど「もう一泊していったら?」の声に甘えて、パジャマのままゴロゴロとしていた。ちょっと楽になったかと思って起きていると、すぐにしんどくなってきてまた布団に入るのだった。

寝てるんだか起きてるんだかわからない正月。薄暗い部屋が日暮れとともにさらに暗くなってきた。あいふぉんを片手に、新年のご挨拶や豊富でいっぱいのインターネットを観覧していると、よく聞き慣れた音が聞こえてきた。


トントントントン
パチパチパチパチ
ザッザッザッザッ


一人暮らしの家では聞くことのない、誰かがご飯を作ってくれている音。音から察するに、今日の献立は天ぷらだろう。モソモソと起きてきて、大根おろしをお皿に盛る。母曰く、年に一度しか作らなくなったそうだ。


あー。もう、これは日常じゃないんだよなー。


エビを頬張りながらそんなことを思った。熱が出たからこうしてヌクヌクとしているけど、本当なら京阪電車に乗っているところだもんね。

布団の中で眺めていたSNS。年々、子どもの写真がたくさん出てくるように思うし、正月は旦那さんの実家に!なんてのも当たり前のように見るようになった。同じように、いつかわたしも実家で過ごすことが無くなるかもしれない。いつか、この音を聞かなくなる日がくるのかもしれない。

たとえる技術

たとえる技術

寝てるんだか起きてるんだかわからないときにこの本を読み終わった。日常にある何でもないことの捉え方が変わってくる。たとえば、何度となく聞いた、「親が料理をする音」に耳を傾けたくなる。風邪がほどよくなった一月三日、京阪電車に乗って今のわたしにとっての日常がある街に戻る。



2017年1月1日、鴨川デルタにて

坦々ポテサラという暴力について

日常

ポテトサラダが大好きだ。ジャンルを問わず、あらゆる居酒屋に置かれている。オーソドックスな大衆居酒屋から、ちょっとこじゃれたビアホールまでカバーする。そのカバー力の高さは、ギャル系からナチュラル系まであらゆる系統の女性から好かれるきれいめカジュアルファッションの男か!と言いたくなる(※独断と偏見です)。マヨネーズをふんだんに使ったがっつり系のものがあれば、いもの素材の味を生かしたものまで。専門店では、あつあつにマッシュされた芋とともにそれぞれの得意分野がボウルに突っ込まれている。和知みたいな燻製屋さんでは、燻製ベーコンを使った香り高いポテサラが。おでんやさんであるだるまときんぎょでは、おでんの旨味たっぷりのだしに漬かったじゃがいもとたまごを使って作られるポテサラが。

専門店が表すものは味だけではない。ビニールシートに覆われたニュー大文字では、大衆居酒屋らしく景気良く高く積まれたものが出される。
そしてわたしには、そんな素敵なお店のどこに行っても同じように唱える呪文がある。

「生ビールとポテトサラダ、とりあえず以上で」


それから担々麺が大好きだ。餃子や麻婆豆腐には白ごはんが欲しくなるが、担々麺なら一皿でオールオッケー。人数が多い方が楽しい中華だけど、担々麺なら一人でも楽しめる。スープを全部飲むのは大変だけれど、スープの底に沈んだひき肉がおいしくてついつい何度もすくってしまう。気がつけば全て飲み干していて、お腹がいっぱいで動けなくなってしまう。でも担々麺なら大丈夫。スープの気分じゃないときには「汁なし」という選択肢。担々麺にだけ使われるこの「汁なし」という表現が、なんだか可笑しい感じがして好きだ。

寒さもひとしおになる今日この頃だけど、凍えそうな夜にこそ辛くてあたたかな担々麺をすすろう。山椒がとびきり効いた駱駝の本格担々麺で思い切り汗をかくのもいいし、コクが強いものが良ければ万豚記の一面黒ごまの担々麺を食べてもいい。麺を味わいたければ、煌力でスパイスと絡めた汁なし担々麺を食べる。


そして出会いは唐突だった。なんの気なしに「餃子食べたい餃子〜」とブラブラと向かったのはタイガー餃子である。行きたいと思いつつ、行けてなかった店のひとつだ。チャオチャオ餃子のような変わり種餃子かな? それとも杏っ子のような鉄鍋で行儀よく出てくるもの? はたまた餃子王のような皮がもちもちなのもいいなぁ…なんて想像を巡らせながらメニューを開くと奴は居た。普通のポテトサラダの横に「坦々ポテトサラダ」なる文字が踊っていた。このときの衝撃よ……。冒頭でポテサラは和にも洋にも合うと言ったが、まさかの中華である。わたしにとっての大好物をこんな暴力的に掛け合わせてしまって……。
そんな、ざわざわとした気持ちのところにやってきたのがこれである。

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ど、、どひゃー!!!
ポ、ポテサラ見えねえ・・・!


ポテサラを覆い隠すように「坦々」が乗っている。しかもこんなにたくさん……! 弾むような気持ちで自分の皿に取る。食べる。山椒がしっかり効いたひき肉としゃきしゃきのネギが、まろやかで甘めに作られたポテサラと良く合う!! なかなかガツンとした辛さであり、ビールとの相性は抜群。担々麺そのものは酒のつまみにしづらいが、これなら何杯だっていける。なんてこった、また新しいおいしいものを見つけてしまった……。餃子を食べにきたのに坦々ポテサラにしてやられた。坦々ポテサラに打ちひしがれる気持ちと、まだまだおいしいものが世の中にはたくさんあるんだなあという喜びを持って家に帰ったのだった。



……何を言いたいかだんだんわからなくなってきたけど、タイガー餃子の坦々ポテトサラダがおいしかったのでおすすめです。タイガー餃子は京都のお店というわけではなくチェーン店です。東京にもあるようですね。そしてこの記事は、はてなスタッフアドベントカレンダーの22日目で、お題は「好きなもの」でした。私は特別好きなものというのが無いので無難に好きな食べ物の話をしました。
昨日はid:rikoさんの「八木新宮線にまた乗ってきました - 汎インターネットピクニック日記」でした。明日はid:motemenさんです。


タイガー餃子会舘 | 際コーポレーション

呪いになる言葉

日常

note.mu
これを読んで思い出したこと。

そういえば、子どもの頃はじぶんのことを救いようのないブサイクだと思い込んでいた。いつのころからか親にそう言われていた。父はわたしの似顔絵をよく描いていたんだけど、そこにはお世辞にも綺麗とは言えない顔の像が描かれていた。細い目とふっくらとした頬を滑稽に強調させた、おかめみたいな顔の絵。(まあ、そうなんだけど。笑)そういうのを見るたびに、自然と外見にコンプレックスを持つようになった。そのなかでもいちばん嫌いだったのが鼻の下にあった大きなホクロ。人と話すとき、ホクロを見られているような気がしてうまく目を合わせられないことが多かった。性格も今よりもずいぶん暗くて卑屈だったと思う。

中学を卒業した春休み、転機は簡単な形で訪れる。ホクロをコンプレックスに思うことを見かねた母親が、レーザーとやらで取らせてくれた。実際には3ミリ程度の小さな点が無くなっただけだけど、大きな重荷がきれいさっぱり無くなったようだった。世界があざやかに見えた。その勢いで髪を染めたり化粧するようになり、性格も多少は明るくなった。(校則がゆるく、毛染めや私服が許される学校だった)

今となってはわかっている。人にとって自分以外の誰かの顔なんてどうでもいいんだよね。ましてやホクロがあるかどうかなんて本当にどうだっていい。そんなことで卑屈になるなんて大損である。けれども当時はそうとは思えなかった。まるで何かの呪いにかかっているようだった。

このことで親を恨んでいるかと言われると、そんなことは少しも思わない。けどもし自分に子どもができたとしたら、そんな呪いをかけないようにしたいな。かわいいかわいいって毎日言いながら成長を見守りたい。できるのかしら。