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呪いになる言葉

日常

note.mu
これを読んで思い出したこと。

そういえば、子どもの頃はじぶんのことを救いようのないブサイクだと思い込んでいた。いつのころからか親にそう言われていた。父はわたしの似顔絵をよく描いていたんだけど、そこにはお世辞にも綺麗とは言えない顔の像が描かれていた。細い目とふっくらとした頬を滑稽に強調させた、おかめみたいな顔の絵。(まあ、そうなんだけど。笑)そういうのを見るたびに、自然と外見にコンプレックスを持つようになった。そのなかでもいちばん嫌いだったのが鼻の下にあった大きなホクロ。人と話すとき、ホクロを見られているような気がしてうまく目を合わせられないことが多かった。性格も今よりもずいぶん暗くて卑屈だったと思う。

中学を卒業した春休み、転機は簡単な形で訪れる。ホクロをコンプレックスに思うことを見かねた母親が、レーザーとやらで取らせてくれた。実際には3ミリ程度の小さな点が無くなっただけだけど、大きな重荷がきれいさっぱり無くなったようだった。世界があざやかに見えた。その勢いで髪を染めたり化粧するようになり、性格も多少は明るくなった。(校則がゆるく、毛染めや私服が許される学校だった)

今となってはわかっている。人にとって自分以外の誰かの顔なんてどうでもいいんだよね。ましてやホクロがあるかどうかなんて本当にどうだっていい。そんなことで卑屈になるなんて大損である。けれども当時はそうとは思えなかった。まるで何かの呪いにかかっているようだった。

このことで親を恨んでいるかと言われると、そんなことは少しも思わない。けどもし自分に子どもができたとしたら、そんな呪いをかけないようにしたいな。かわいいかわいいって毎日言いながら成長を見守りたい。できるのかしら。