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花の蕾が開くまで

蕾のある花を買った。大事に家に持って帰って、花器に移すとき、わたしは太宰治の「晩年」の書き出しのことを思い出す。わたしはこの「葉」の一文が好きでたまらない。

死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。


この蕾が花開くまでは、生きていよう、と思う。死ぬ気なんてないけれど、死ねない。ぜったいに死なない。蕾が膨らんでいく様子を、わたしが見なくて誰が見るのか。些細なことだけれど、こんなことを重ねているから、なんとか日々を過ごしていけるのではないか。


今朝起きると、こないだ買ったユリの最後の蕾が開きそうになってて、ウワァ!って声が出た。緑の楕円形だったものは、口が割れたようになって、濃い色したおしべを覗かせている。ほんとなら、ユリのおしべは取ってしまうそうだけれど、わたしは純白の花びらと強烈な色のおしべとのコントラストが好きだからそのままにする。花の変化というのは、誰かに無性に伝えたくなる。まだ咲いてすらいないのに。実家に帰るたびに、母親が育てた植物の話ばかりする理由がわかったような気がした。


わたしは相変わらず波が押したり引いたりするような感じがするけど、蕾は咲くし、先週作った青タンは消えていくし、夕立が来る季節になるし、先月漬けた果実酒は熟していくのである。毎日何も変わらないようで、同じところはひとつもない。小さな変化にも、きれいな名前をつけていきたい。